歴史には、頭を抱えたくなるような「意味不明な政策」がゴロゴロ存在します。
トイレの尿に税金をかけたり、雪だるまのサイズを制限したり、コーヒーを犯罪扱いしたり…
過去の指導者たちは真剣だったはずが、今見るとツッコミどころ満載のルールばかり。
今回は、食文化、動物、生活、交通・娯楽の4テーマで、笑えて驚く20の奇妙な政策を厳選しました。
1. 食文化の奇妙な政策:食べ物で大混乱!
ポルトガルの「魚の名前統一令」20世紀初頭
漁業の効率化を名目に、魚の地方名を廃止し、全国統一の「公式名称」を強制することにしました。
地方によってさまざまな呼び名があったポルトガルでは漁師や市場は混乱し、書類に書かれた名前と、実際の姿がズレてしまう事が頻発。
これでは話にならないと地方名は密かに使われ続け、官僚のこだわりが空回りする精政策となりました。
しかしポルトガルはサバの名前だけで10種類以上あるとのことなので統一したい気持ちがわからなくもないですね。
オスマン帝国(現トルコ)の「コーヒー禁止令」(16~17世紀)
コーヒーが「反社会的」とされ、カフェが政治的議論の場と疑われて閉鎖されてしまいます。
ところが国民は地下でコーヒーを飲み続け、闇カフェが繁盛することに。
オスマン帝国が何とか統制しようとするも国民のコーヒー愛を止められず、密売市場まで生んだ奇妙な政策は、今ではお笑い話として語られています。
フランスの「バゲット品質基準法」(1993年~現在)
お次はフランス人によるフランスパン愛が暴走したお話です。
伝統バゲットの材料(小麦粉、水、塩、酵母)と製法を発酵時間まで細かく法律で規定することに。
「非伝統バゲット」は違法扱いされ、小規模パン屋は規制に苦しみました。
闇市場で「違法バゲット」が売られるなど、フランスのパン愛が暴走した面白い歴史の一幕です。
この政策は現在も続いています。
アメリカの「バター禁止令」(19世紀後半~20世紀初頭)
政府はバター産業保護のため、マーガリンの使用に税金や許可制を導入することにしました。
これにより州によってはレストランでのマーガリン提供に特別許可が必要になりました。
それまで普通に食べていた市民は反発し、許可していない「闇マーガリン」を密輸し、食卓を巡る無意味な戦いが続きました。
後にバターVSマーガリン戦争と称されます。
中国の「麻雀撲滅キャンペーン」(1960年代)
文化大革命中、麻雀が「ブルジョワ的娯楽」とされ、麻雀牌が没収・破壊されたことがありました。
しかし麻雀は中国発祥ということもあり国民の大好きな娯楽だったのでやめさせることは難しく。
なんとコンドームを牌代わりにする地下ゲーム革命が起こります。
イデオロギー優先の政策が国民の遊び心に敗れた、歴史の失敗例の1つです。
2. 動物を巡る謎ルール:ペットも野生も大混乱!
オーストラリアの「エミュー戦争」(1932年)
農作物を荒らすエミュー(大型の鳥)を駆除するため、軍が機関銃でせん滅することを目論んだ話があります。
しかし、エミューの素早さに敵わず、なんと数千発もの弾丸を消費したにも関わらずわずか数羽しか仕留められませんでした。
政府の無力さが露呈し、エミューが「勝利」したという笑える歴史的事件として語り継がれています。
タイの「象の街中散歩禁止」(2000年代)
日本では馴染みが少ない動物ですが、タイではゾウを使った観光用のパレードは人気の催しの1つです。
これがバンコクで交通渋滞や安全問題を引き起こしたとされ、都市部での散歩が禁止されてしまったことがあります。
象使い達は失業したものの、裏路地ではひっそりと「象ツアー」が流行しました。
タイの文化的シンボルである象を締め出したこの政策は、観光と文化の矛盾を露呈しました。
中国の「カラス駆除キャンペーン」(1958年)
四害駆除運動の一環で、カラスを害鳥とみなし、市民に鍋や太鼓を叩いて追い払うよう指示しました。
しかしこれが大きく裏目に出て、害虫を駆除する鳥も減ってしまい、農業被害が悪化してしまいました。
騒音と混乱を招いた政策として知られています。
メキシコの「サボテン保護法の過剰運用」(1990年代~2000年代)
サボテンが犯罪になるというメキシコの観葉植物を巡る奇妙な戦いが繰り広げられた政策がありました。
年々数を減らしているサボテンを保護するという名目で、個人宅のサボテン栽培に許可制が導入され、家庭の観葉サボテンまで監視対象になってしまいました。
「違法サボテン」が闇市場で取引されるようになり、メキシコの植物愛が行き過ぎた笑える奇妙な政策です。
日本の「犬猫返納令」(1695~1715年)
徳川綱吉の生類憐みの令で、犬猫の私的飼育を禁止し、保護所へ「献上」するよう強制されました。
ところが保護所の衛生状態は極めて悪かったために逆効果となり、庶民の不満が爆発します。
江戸時代の動物愛護が暴走した歴史に残る奇妙な政策の1つです。
3. 生活を縛る変な規制:日常がピンチ!
ローマ帝国の「尿税」(1世紀)
当時の皇帝ウェスパシアヌス帝が公衆トイレの尿を染色業に売るため、尿に税金を課しました。
市民は「トイレ税」と揶揄し、皇帝の言った「Pecunia non olet(金は臭わない)」は名言となりました。
それにしてもローマ帝国の尿ビジネスとは…ぶっとんだ政策を考えたものですね。
ロシアの「髭税」(1698~1772年)
ピョートル大帝の西洋化政策で、髭に税金を課し、髭を残す者に「髭証明書」を強制しました。
しかし、当時ロシアでは宗教的な理由から男性はひげを蓄えるべきとする者が多く、伝統派からの強い反発を招き、賄賂で証明書を入手する者まで出てくることに。
ロシアの外見統制は、歴史のシュールな一ページです。
スイスの「夜間トイレ使用制限」(1990~2000年代)
夜のトイレが違法とし、夜の10時以降のトイレ水洗を制限する条例が一部で実地されたことがありました。
アパートの防音防止のためだったのですが、住民は我慢を強いられてストレスが増え、近隣トラブルが増加してしまいました。
インドの「携帯電話結婚禁止令」(2000年代)
一部の農村で、未婚女性の携帯電話使用を恋愛防止のため強制的に禁止。
女性は携帯を共有して抵抗し、ジェンダー不平等の批判が殺到しました。
時代錯誤な統制が行われた歴史の一幕になりました。
イギリスの「帽子着用義務」(18世紀)
18世紀のこと、男性に帽子着用を義務づける法律が作られました。
もちろん法律なのでお金が無いとかそんなことは知ったこっちゃないです。
貧困層は帽子購入の負担に苦しみ、逮捕者も出る始末。
元々は公衆道徳の名目で始めたようですが、外見統制も過ぎると恐ろしいです。
4. 交通・娯楽の謎ルール:移動も遊びも制限!
スウェーデンの「左側通行から右側通行への一夜変更」(1967年)
たったの一夜で道路を逆転させた、スウェーデンのカオスな交通革命を紹介します。
それまで左側通行だったのを右側通行に強制変更させた事業がありました。
もちろんそれに伴って国内にあった36万個の道路標識も全て更新、方政府の職員や軍隊が動員されて国中で作業が行われました。
国民は事前に右側通行の練習を強いられたものの、混乱が続出する事態に。
現代に換算して約333億円ものお金が消費されたこのプロジェクトは、不思議と実行された年は大きく死者数を減少させることに成功したようです。
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